[ 適 当 と 情 熱 の あ い だ ]

何かをしたい者は手段を見つけ、何もしたくない者は言い訳を見つける。

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選択の自由という不自由 

人生をある程度の時間生きてきた

もしあの時こうしていたら・・・

と思うことが沢山ある

ミスチルのALIVEの始めにこんな歌詞がある

-

「この感情は何だろう

無性に腹が立つんだよ

自分は押し殺したはずなのに

馬鹿げた仕事を終え環状線で家路を急ぐ車の中で

全部おりたい

投げ出したい

そうぼやきながら

今日が行き過ぎる」

-

すごく身に染みる

そういう歳なのか、そういう時期なのか

例えばこないだ映画を見た

地球についての映画

家に帰らず

仕事にも行かず

ぱっと飛行機に飛び乗って北極へ行って白熊の餌になることも出来るし

アフリカへ飛んで象の群れと移動することだって出来る

自分がその目的を果たす前にその環境に耐え得るかは別問題として

じゃあどうしてそうしないのか

考えられるものとしては

今現在の生活諸々と比較してもそちらに利益が少ないから

もしくは失うものが多すぎて踏み出せないから

常識の範囲外だから

といったところだろうか

人生とは選択の連続だ

これまでは大きな節目があると思っていた

例えばあの試験問題のマークの仕方が違っていたら

例えばあの海の中で重りが外せなかったら

例えばあの新幹線に乗るのをやめていたら

……今の自分とは随分かけ離れた自分だっただろうし

自分の周りにいる人達も全く違った人達だっただろう

でもそういった人生の分岐点だと思っていたものは

実はいつ何時も絶えず訪れているんじゃないだろうか

絶えず身の回りにあるはず

自分が思い立つか

自分が行動を起こすか、だけなんだよ

普段右に曲がってる道を左に曲がってみるとか

逆方向行きのバスに乗るとか

今この文章を書くのをやめて懐かしい人に会いに行くとか

人間というのはなんて自由なんだろう

でも自由ってのはなんて不自由なんだろう

とても選べない

生きる・生活をするという目的のための手段が仕事

でもその手段に生活のほとんどの時間を費やしている

馬鹿げたことだ

先哲たちはこの問題とどう向き合ってどう生きたんだろう

「君九十まで生き給へ、その先に答えがある」って言葉がある

九十じゃあまりにも長すぎる、遅すぎる

その歳になって答えを知るのではなく

答えを得た上で都度確認しながら人生を歩いていきたい

やっぱりこれで良かったんだ、と思いながら

ある意味宗教というのはそういう安心感があるんだろうか

崇拝する人からの「教え」を守っていれば安寧に過ごせる

極楽へ行ける

来世で良いことがある、などなど

何かが違う

俺が求めてるのはそうじゃない

ミスチルのALIVEはどう結んでいるのか

-

「迷いや悩みなど一生消えぬものと思えたなら僕らはスーパーマン

さぁ行こう、意味はなくとも、歩みは遅くとも

残されたわずかな時を

やがて荒野に花は咲くだろう

あらゆる国境線を越えて

さぁ行こう、報いはなくとも、救いはなくとも

荒れ果てた険しい道を

いつかポッカリ答えが出るかも

その日まで魂は燃え

夢はなくとも、希望はなくとも

目の前の遥かな道を

やがて荒野に花は咲くだろう

あらゆる国境線を越え」

-

いつかポッカリ答えが出るかも・・・だと

なんて能天気

なんていい加減

なんてありふれた言葉

でもきっとそういうことなんだろう

後ろ向きに生きていても良いことはあまりない

前向きに生きた方がより建設的だろう

うーん、うまく言葉にならない

同じ事繰り返し言ってるだけだなぁ
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